「そのままのあなたでいい」という言葉が苦手だった
「あなたはそのままでいいんだよ」
「生きてるだけで十分立派だよ」
私は昔からこの類の言葉が好きじゃなかった。
うまく説明できないけれど、こういう言葉を聞くと、なんとなく心がかき乱されるような感覚があったから。
でも世の中的にはこうした言葉は広く受け入れられてる。だから私は、「自分が捻くれているから、こういう前向きな言葉が苦手なんだ」と思っていた。
でも最近になって、ようやくその理由が少しわかってきた気がする。
「そのままでいい」と言った人は、その後の私の人生に責任を持ってくれるわけじゃない。明日も、一週間後も、一年後も、十年後も、私が同じ場所にいて、同じことで苦しんでいたとしても、その人には基本的には関係がない。
でもそれは当然だ。自分の人生じゃないのだから。
もちろん、「そのままでいい」「生きてるだけで十分」という言葉そのものが悪いとは思わない。本当に人生に絶望しているとき、明日まで生きるかどうか悩んでいるとき、こういう言葉に救われることはある。私自身にもそういう時期は確かにあった。
でも今になって思うのは、こうした言葉は、そうした「ある一時の、限られた苦しみを生き延びるための言葉」でしかないということ。
「今のあなたにも価値がある」ということと、「今のあなた(状態)のままでいていい」ということは、本来、まったく別の話のはず。
私がずっと違和感を覚えていたのは、たぶんこの二つが「そのままでいい」という一言で、ひとまとめにされてしまうことだった。そして私はその曖昧さ、まるで「優しい毒」を飲まされているような感覚に、ある種の嫌悪感を覚えていたのだと思う。
実際、他人からの優しい言葉にすがっていた時間、私の人生はほとんど前に進んでいなかった。
もちろん、こういう私の考え方をみて「自分を追い詰めるだけだ」「こうあるべき思考に囚われている」と感じる人もいると思う。人にはどうにもならない事情があるし、努力したからといって、必ず人生が思い通りになるわけでもない。それは私も痛いほど分かっている。
それでも私は、自分に対して「あなたはこのままでいい」「生きているだけで立派」とは言いたくない。
できないことがあったとしても、今より少しでも生きやすくなる方法を探したいし、自分の力で変えられるものが残っているなら、努力したい。
たとえ満足がいく結果が得られなかったとしても、私は最後まで、そうやって自分の人生を生きたいと思っている。